2011年と、数字の「4」と、「自分のものさし」

illy(イリィ)

今日は、4という数字がについて、調べたり考えたりしていた。

77枚のタロットカードは、個別の名前をもった大アルカナというカードと、小アルカナというカードからなりたっていて、小アルカナの人物札(ナイトとかキングとか)以外のカードには、数字がふられている。

2011年の4桁の数字を足すと4。
個別の名前がついている、大アルカナの4のカードは「皇帝」。

ライダーウェイト版タロット 大アルカナ 皇帝

「皇帝」な人を、ひとことで表すと、現世利益を追求する人。
この玉座に座るために、人と競い合い、這い上がって来た、孤高の人。

正位置で表れると、そのど根性や、向上心や、競争に強いところや、リーダーシップがあるところ、社会的に安定しているところがクローズアップされるのだけど、逆位置で表れると、地位や名誉に固執するところや、好戦的なところや、頑固なところがクローズアップされたりする。

今年は4の年でもあるということは、いままで1歩1歩上って来た階段の踊り場にくる、というかんじなのかな。
それも「現世利益」と名の踊り場に。

好きな人につれなくされても、何度ふられても、ずっとアプローチをし続けて来た人は、なんらかの「地位」を獲得することができるのかもしれない。
これまでと畑違いの会社に入って、過去の自分といつも競ってきた人は、「昇進」や「特別手当」というような成果を手にするのかもしれない。
こつこつと勉強を続けてきた人は、「資格」や「地位」というような落ち着きどころを得るのかもしれない。

ちなみに小アルカナの4のカードは、ワンド4以外のカードには、皇帝のカードに感じられた「我の強さ」が見えるような気がする。

ライダーウェイト版タロット 小アルカナ ペンタクルス4 ソード4 ライダーウェイト版タロット 小アルカナ カップ4 ワンド4

皇帝は高みを目指すことへ、ペンタクルスは守ることへ、ソードは休ませることへ、カップは思い続けることへの執着がかんじられる。
ワンド4には、孤独な雰囲気はないけど、他人がいても、自分をたのしませることを重視しているかんじがあるかも。

で、なにを言いたかったかというと、固執するとか、執着するとか、現世利益とかに対する評価が、2011年に変わるのではないか、ということ。

ある言葉に対するイメージって、良いとか悪いとか、上等だとか下等だとか、すばらしいとかとんでもないとかというのは、その言葉が表すものの本質ではなく、ただのレッテルなのだけど、上に書いた3つって、どちらかというと好ましく思われないことが多いんじゃないかと思う。
けれど、これらがあったことで、わかりやすい成果を得る人が今年はたくさんいて、そのことで、評価が変わるんじゃないかと。
もしくは、良いも悪いもないのだという認識が広まるとか。

ちなみに、2011年の末尾の数字「1」の大アルカナのカードは、「魔術師」というカード。
タロットカードが入っている箱に描かれているので、見たことがある人も多いんじゃないかな?

ライダーウェイト版タロット 大アルカナ 魔術師

「魔術師」は、「身につけた技術を表現する場を得る(得る人)」というイメージ。
責任感や、 孤独感(さびしさとは別)や、安定した場所を得る、といったところが、「皇帝」のカードと重なるけど、この人の方が経験値が低い。

なので、2011年という年を大枠でとらえると、「4/これまでの努力が報われ、安定した地位を獲得する」年になるのかもしれないけど、ぐぐっとクローズアップして見ると、同時に「1/身につけた技術を、ある舞台で表現していく」ことも求められる年になるのかも。

2011年は、西洋占星術では始まりの年だそうだけど、かけっこでも、からだをほぐしたり、かけっこのルールを知っていたり、ゴールがどこにあるか知っているからスタートできるわけで、今年は、その下準備の大切さと、下準備の成果と、自分の行動で成果を更に向上させることができるということを、知ることができる年でもあるのかもしれない。

今年の始めから、セッションのたびにと言っていいくらい、「自分のものさしを作って、いろんなものにものさしをあてて判断して、自分に合ったものを選択していくんだよ」と言っていたのはこのためか!
「自分に合ったもの」は、「ゴール」への道に落ちているぱんくずのようなものだから。
(ヘンゼルとグレーテルに出てくる「お菓子の家」、好きやったなあ〜)

やっと腑に落ちた!(´∀`*)
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