意識を変えたいなら、すべての存在を肯定すること 

illy(イリィ)

こんにちは。
スコーリーディングルームのイリィです。

意識が変わるということについて
書いてみようと思います。

意識が変わるということは、
そうしようという発想がふと頭の中に浮かんで、
その発想を無条件でいいな、賛成だと感じる、というふうに
起こることが多いな、という印象があります。
個人的には。

例えば、じぶんが身をおいているいまの状況について、
悲観的にとらえており、出口がないような感覚を感じていたのに、
「いや、捨てたものではないのでは? むしろ可能性に満ちているのでは?」
という発想が急に頭に浮かんで、思い浮かんだ瞬間からその内容を信じている、というかんじです。

意識とは、表層意識、潜在意識はもちろんのこと、
認識も含むすべてですので、
意識が変われば、すべてが変わります。

そんなにすごいものが変わるというと、
雷が落ちたような衝撃があって…みたいなイベント的出来事を想像するかもしれませんが、
実際には、ただ淡々と、それを信じているということが起こります。
そして、すべてが変わる。
それが、起こるときは起こる(起こそうとし起こるものではないので、放っておけばよい)ということだと思います。

だから、じぶんのある部分を変えたいと思っても、
その部分をがんばってなんとかしようとしないでよいということです。
変わるときがくれば勝手にかわります。
それに抵抗しようという気も起こりません。
それが起これば、その瞬間すでに
それはOKだという絶対の自信のなかにいます。

なにかを変えようとすることは、むしろ逆効果を生むと思います。
つまり、ジャッジメントを強めたり、
不安や恐れにさらにしばられてしまうということです。

変えたい部分をじぶんから切り離してしまいたいというような、
否定からくる行為だからだと思います。
否定をすれば、否定できないが現象として起こります。
なぜなら否定の存在を肯定しているからです。

なので、何かを変えたいと思ったときは、
その部分もじぶんであると受け入れてしまうことが
結果として、その部分が変わることに繋がると思います。
なぜなら、分離させていたものをひとつにしようとすれば、
ひとつが生まれ(ひとつの存在の肯定)、不安や恐れといいった分離もなされないからです。

ジャッジメントする自分がいるなら、
自分がジャッジメントしてしまうということを赦す。
いままでに下したジャッジメントも、
これからもジャッジメントを下すかもしれないということも含めてすべて。
無条件にそれを赦し、その自分を受け入れてしまいます。

当たり前ですが、そうしたふりをするだけ、
自分にそう言い聞かせるだけということは、赦すということになりません。
すべてを腹の底から無条件で赦すということが、
その対象との分離を解き、否定からくる苦しみからの解放を生みます。

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明日です!まだ間に合いますよ〜。

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