繰り返し受け入れても消失しない怒りは、身体(意識)に根ざしたものなのかもしれない 〜友達の施術の場に居合わせて感じたこと〜

illy(イリィ)

こんにちは。
スコーリーディングルームのイリィです。

先日、友達が別の友達に
ボディートークというメソッドの施術をしている場に
居合わせる機会がありました。

施術者の友達から、
「その場に居る人も、施術の恩恵を受けられるよ(うろ覚え)」
と言われたので、
わあ、役得!と喜びました。

施術者の友達と施術されている友達との会話を聞いていて思ったのは、
わたしにも、肉体的な痛みを味わわねばならないことへの怒りが
あったのだろうな、ということでした。

※友達の施術が終わってから、実際に怒りが起こらないことに気付く体験をすることや、
なんらかの感覚の変化を感じることはまだしていませんが、
感覚よりさらに淡い感覚で、納得した感、気が済んだような感覚を感じています。

わたしは生後3週間で手術をしているのですが、
その必要性を当時の自分が察することができるわけもなく、
(お医者さんと両親がその話をしている場に、
赤子のわたしが居合わせることはなかっただろうから)
痛みという概念もきっとまだできあがってなく、
「なんだ!?この不快感は!!!???」
みたいなかんじだったのではないでしょうか。

わからないことへの怒り(この怒りがあったことには今気付きました)、
急に肉体的に不快な状態におかれたことへの困惑と怒り、
動きたいように動くと不快感が増すことへの更なる怒り、
不快感が感じられ続けることへの怒りと悲しみ、
きっとこのような感情を、赤子のわたしは抱き、
それを明確なかたちで自覚することもないままに、
大きくなっていったんだろうな、と思いました。

最初に書いたわからないことへの怒りは、
学校の勉強を親に教わっているときに、
わからないと癇癪を起こし、すねていらいらして怒るというかたちで、
表出していたかもしれないなと思いました。
他の要因もあるでしょうけれど、生後すぐのこの体験は
因子の一つだったのではないかと。

怒りを味わい受け入れること、
怒っている自分も自分であると認めることは、
怒りの消失(解放・昇華)への道の一つだと思いますが、
純粋な意識のみで行っても、なかなか昇華に至らないことがありました。
出てくるたびに感じ切り、消失する、というのを繰り返している、
なかなか終わらないというときなどです。

そういうときは、身体の細胞に受け継がれている記憶という方向から
アプローチするという道が使えるかもしれないなと思いました。

ただ、覚えている記憶と、忘れてられている記憶とがあると思うので、
思い当たることがないときは、
たとえば先のご紹介したボディートークを利用するのがいいかもしれないな、
と思いました。

また、アカシックレコードリーディングの第一人者(でいいのかな?)の
ゲリー・ボーネル氏の言う身体意識というものが
どのようなものをさすのかがずっとわからなかったのですが、
今回の体験で、それは身体が持つ意識であり、
ずっと受け継がれている細胞の記憶なのかもしれない、という考えが思い浮かびました。

ボーネル氏の身体意識の認識には、
きっともっといろいろな部分があるのだとは思いますが、
今回の体験と気づきによって、わたしの認識世界は広がりました。
エネルギーリーディングをはじめとするリーディング、
そしてきっとエネルギーワークを行うときに、
この認識の拡張は、わかりやすい形で自覚され、
クライアントさんへの説明というかたちで表出するのだと思います。

先日、おしゃべりランチ会で参加者の方に、
「イリィさんは、なぜそんなにいろいろなことを知っているのですか?
いろいろな講座に通われたりしたのですか?」
と、たずねられたことがありました。
それはこういったふうに、
体験と知識とを照らし合わせることを日常的に行っているためかもしれません。

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