感謝について 〜あるということ、ないということをあるがままに受入れられることに捧げられる行為〜

illy(イリィ)

ジャスミン

今日はなにを書こうかなあと思っていたら、
「感謝」ということばがおりてきたので、
今日は感謝について書こうと思います。

感謝と言うと、なにかをしてもらったり、
なにかをしてあげたりという場面で、
捧げたり、捧げられたりすることがおおいと思います。

でもいつでもどこにでも、感謝のネタはおちていて、
わたしたちはそれに気付いたときに、それに感謝を捧げます。

つまり、感謝とは、
そうする対象がここに在ると認めたときにおこなわれる行為だということです。

では、いつも感謝の念をもって、
ご飯を食べたり(食事をはじめる前には、「いただきます」と感謝を捧げますね)、
歩いたり、パソコンのキーをうったりしてみると、
どうなるでしょうか。

現象としてはどうもなりません。
いつも通りにおなかはふくれ、行きたい場所にたどり着き、
ディスプレイに文字が表示されます。
ただいつもと同じことが起きるだけです。

では、じぶんのなかではなにが起きるでしょう。
食べものの味が舌を喜ばせ、胃に落ち、おなかがゆっくりと満たされてく感覚を味わうでしょう。
風景がゆっくりと後ろに過ぎ去り、今頃なら新緑の香りが風にのって鼻をくすぐるでしょう。
指先がリズミカルにキーを打つ感覚、思い通りに文字が表示される喜び、
そういった数々の感覚と、それと同時にわき起こる喜びに、
体中が満たされるでしょう。

なにかができる、なにかを感じられる、とは、
喜びです。
そのことに気づき、味わえるきっかけとなりうるのが「感謝」です。

あるものに気づき、ないことに気づき、
そのことをあるがままに受入れられることに捧げられる行為が、
感謝です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。