「天使の視点」に立つことで気付くこと 〜傍観者になることで得られるたくさんの気づき〜

illy(イリィ)

「天使の視点」
って聞いたことがありますか?

イリィがこの言葉を知ったのは、
まだお勤めをしていた頃、
タロットカードリーダーを目指していた頃です。

当時のイリィは、
タロット占い師養成講座に通っていました。
趣味で占いたい人からプロを目指す人まで、
幅広く受け付けていた講座です。

カリキュラムは、
初級〜特別クラスまでの4段階に分かれていて、
特別クラスでは、プロを目指す人向けに、
チャネリングなどのトレーニングが組み込まれていました。

そこでやったのが、
「天使の視点」から見る、
という取り組みでした。

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3人が一組になり、
それぞれが占い師役、クライアント役、天使役となって、
占い師役がクライアント役を占っているようすを、
天使役がかたわらで見守る、というものです。

日常生活の中で、
自分が悩んでいるときや、考え事をしているとき、
悩み事や考え事を客観的にとらえられなかったり、
冷静になって考えることができなかったりしたことはないでしょうか?

これは、
「わたし」と、悩み事や考え事との距離が近すぎたり、
感情のうずに巻き込まれて、
秩序立てて考えられなくなっていたりするために起こります。

また、
友達や家族に相談をされたとき、
相手のかわりに考えてしまったり、
感情的になってしまったりしたときも同様です。

プロの占い師として、
相談事をニュートラルな視点からとらえ、
アドバイスすることができるようになるために、
そんなトレーニングが組み込まれていたわけです。

「天使の視点」は、
「傍観者の視点」と言いかえられるかもしれません。

傍観者という立場で、相談内容を聞くと、
話の内容を冷静に受け止めることができます。
相談者がどういう心情であったかも、
相手の感情にまきこまれずに、感じることができます。
そうすると、問題の要がどこにあるのか、
相談者がなにを求めているのかが見えてきます。

アドバイザーの話を傍観者として聞くと、
どのように話せば相手に伝わりやすのかが見えてきます。
「もう少しゆったりと話してくれた方が聞きやすいな」
「先にこう言ってくれた方が、話が飲み込みやすいな」
というように。
アドバイザーの話を、感覚でとらえやすくなります。

あと、自分が相談者であるときに、
アドバイスをアドバイスとして受入れられず、いらいらした経験や、
的外れな答えがかえってきて、
残念な気分を味わった経験をしたことはありませんか?

「天使の視点」で話を聞くことで、
その理由を見つけることができるかもしれません。

先に答えを書いてしまいますが(!)、
前述のようなことは、
相談内容にふくまれている問題を、
自分自身が受入れていないために起こります。

「自分にこんなことが起きていることなんて認めたくない」
「自分にこんなに悪い / 良いことが起きるなんて、何かの間違いだ」
(厳密にはいいも悪いもない、単なる事象ですが)
「もやもや / いらいら / 悲しみ / 寂しさ / 楽しさを感じたくない」
自分がそう感じているとき、
問題はかたちのないもやのように認識され、
どんどんふくらみ、
得体がしれないもののように感じられるようになっていきます。

そんな受入れたくないものを受入れたあと、を言い表したのが、
「ゆうれいの 正体見たり 枯れ尾花」
ってやつですね。

そして、
受入れたくない出来事 / 感情の例に、
「良い」出来事と「楽しさ」が含まれていたことに
気付きましたか?

自分にとって「良い」出来事も、
そんなことが自分に起きる訳がないと否定してしまって、
よろこびを味わえたり、自信を得たりできる機会をスルーしてしまうこと、
無意識下で起こった場合に、
「良い」出来事であることに気付くことができないことがあります。

「楽しさ」の場合は、
その他の感情を抑圧して、感じないようにしていると、
「楽しさ」を十分に味わうことがむずかしくなります。
「怒り」を無視すると、感情すべてが無視されることになるからです。

と、いうわけで、
「天使の視点」で、物事を見るということは、
とってもたくさんの気づきがあるわけですね。

スコーのグループセッション会は、
そんな体験をしていただくことを目的としています。

日常生活の中では、
2人が話している時に、
会話からちょっとはなれて観察してみると、
似た体験ができると思います。

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