流れに乗ったあとのこと考。

illy(イリィ)

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余計なものを出したり、出て行ったりしてだんだんと自分がクリアになってくると、それにつれて、流れにのっているってかんじが増してくる。
流れにのると、タイミングよく予定が埋まっていったり、未来につながる出会いがあったり、仲間と出会えたりする。
そうして流れに乗っていると、そうなるのが普通になってくる。
そしたら、次は、自分で行き先を決めるってことがおもしろくなってくる。
例えるなら、ドレスを着て、鞄やら、袋やらを両手一杯に持って、川の中でもがいていたのが、いらないものを手放して、じゃまなものを脱いだら、水流に乗りやすくなって、数年前の(いまもあるのかな?)金鳥リキッドのCMみたいに、流れにぷかぷか浮いて行けるようになって、
その流れの中で、自分がいきたい方向に向かって、泳ぐことができるようになる、というかんじ。
いらないものを手放して、じゃまなものを脱いだ自分は、何をしたいか? それが、ちょっと杭に引っかかったりしたときに流れに戻す力であり、流れの中での足ひれになる。
流れに乗ったら、次は何をしたいかをはっきりさせることが大事なんじゃないかなあ。
もしやりたいことが浮かばなかったら、流れに乗っているとらく〜ってかんじるから、自分がどこを目指すことを想像したららく〜って感覚になるかを探すことが、何をしたいかを見つけるきっかけになるかもしれないなあって思う。
ここがはっきりしていると、リーディングやヒーリングも受けやすくなるし、役立ち度もぐんとあがるんじゃないかなあ。
そうしたら、更に足ひれが大きくなったり、地図やコンパスを手に入れることにもなるかもしれないね。
そうして、どんどん、自分のしたいことが近づいていく様を体験することになるね。
そうして、その体験が、更にさまざまなつながりをもたらして、川自体の幅を広くすることにもつながる気がするなあ。
流れに乗って行くっていうのは、そういうことじゃないかなあって最近思った。
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