好き、基準、わたし。

illy(イリィ)

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わたしの好きなもの、好きなことってなんだろう?
具体的な物はすぐには浮かばないけれど、すぐに言えるのは「その選び方」。
だから「これは好きか?」と聞かれたら、きっとすぐに答えられると思う。
基準がある。
その基準はことばで言い表せない物だけど、すぐに言えるのは「基準の作り方」。
ある出来事が起きた時、ある意見を聞いた時、あるものを見た時、その時に感じる自分の「感じ」。
これがすべて。
これがその出来事、その意見、その物への自分の評価であり、その感じが「わたし」。
これに対してこう感じる、あれに対してこう感じる、その組み合わせ、パラメーターの集合体が「わたし」であり、それぞれに対する「感じ」は変化し続け、それも含めて「わたし」だ。
なにかに対する値を知る「感じる」という方法が基準であり、「快い」と感じるものがわたしの好きなものだ。
「感じ」を感じたら、そう感じた「わたし」に正直でないと、物差しはない方がましなものになってしまうのではないかな。
正直であるということは、素直で認めることができるということかなあ?
感じたことを自分自身が認めないと、感じたことはないものと同じになってしまう。
もしも、自分が「わたし」を抑圧していることを知ったら、それだけでも、目の前の世界は変わってくるのではないかな。
そして「わたし」を見いだすことに、ちょっとだけでも「おもしろそう」って思ったらしめたもの。
自分が感じるままに表現する量に比例した速度で、自分は「わたし」に近づいてゆく。
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