言葉としなり

illy(イリィ)

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言葉ってエネルギーを翻訳したものだから、言葉で伝え合う世界に生きるわたしたちにとって、言葉はエネルギーそのもののようなもので、だから、使うときは慎重に使う。
だから、わたしが目指すところに向かうことを好しとして、そうなるように言葉を使っている。
だから、わたしが目指すところに向かう自分の姿をイメージできるように、言葉を使う。
だから、わたしが発したり聞いたりするときに「ちくり」とくる言葉は避ける。
わたしが好しとするところに行き着いてくれることが目的だから、その手段として用いる言葉は、目的達成に向かいやすくするように使う。
だから、厳しいことも言う。
なるたけ早く行き着いて、目的地そのものになってほしいと思うから。
わたしはまじめすぎるのかもしれない、もっと「あそび」が必要なのかもしれないって思うけど、よくわからなくて悩む。
今日、ロールモデルを探していたってことに気づいたけど、ロールモデルはいなかった。
ロールモデルを求めず、いまのそのまんまでいるということを良しとするというものは、芯のように固まっていて、竹ひごのようにしなやかであることがいいなと思うけど、よくわからない。
「しなやかさ」が、「あそび」なのかなあ?
しなる自分を受け入れる自分が、それなのかな?
新しいことを始めることにしたので、それに伴い、いままでのものを整理するから、それに伴ってなにか変わるかな。
***
明日は新月らしいですね。
そして食。
頭が痛いのは、それが関係しているのだろうか…
ぐむむ。
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